つい先日のことです。ポニーが食欲も排便もないとのことで往診しました。それが5歳のポニー、メイちゃんでした。
ウマは全般的に「疝痛(せんつう)」という、腸管の通過障害による激しい腹痛が起こりやすい動物です。治療にはそのために開発された強力な鎮痛剤「フルニキシメグルミン(商品名バナミン®)」と点滴液を静脈に入れることが第一です。
点滴を入れている間、飼い主さんはもちろん、周りの動物たちも心配そうに見守っていました。
もとは野良だったネコはメイちゃんの仲良し、おなかの下でじっとうずくまっていました。
治療の直後にお腹が動き始め餌も食べ始めました。良かった!
ところがその翌朝、やはり便が出ないままでまた苦しみ始めているとのことです。
急いで駆けつけながらも大きな不安がよぎります。実はこの薬剤での治療(内科療法)に反応しない場合は物理的な閉塞が起こっている可能性が高く手術が必要になることが多いからです。
昨日と同じ治療に加えて温かいお湯を浣腸することを繰り返し、お腹の動きを高めるために歩かせます。3回目のあとに、それまで歩行を嫌がっていたメイちゃんが突然足取りが軽くなりました。
なんと道端の草も食べ始めました!状況は悪くなる一方にもかかわらずまさか、祈るような気持ちで奇跡を待つしかありません。
実は九州では鹿児島大学の馬診療科でしか馬の開腹手術は出来ません。不幸にもその日は土曜日、月曜まで待つしかなく若くて体力のあるメイちゃんもさすがに持たないと覚悟していました。再び状態は悪くなり始めました。その後も鼻からもカテーテルを入れて下剤を投与するなど何とか出来ることを尽くすしかありません。
翌朝6時、まだ立っているとの連絡を受け向かうと昨日と同じく麦畑の中を飼い主さんと歩く姿が見えました。その時です、メイちゃんが突然倒れました。そのまま間もなく、息を引き取りました。
無念しかありません。悔しさと悲しみが怒涛のように来ましたがここで私が泣けません。深い悲しみと喪失感の中にあるのは固い絆で結ばれた飼い主さんなのです。が、気丈にもメイちゃんの今後について相談され、結果的に後世への貴重な資料として博物館に寄贈することを決められました。それにはもう一つ大切なおまけがつきます。博物館に行けば死後解剖かでき、メイちゃんを苦しめた原因がわかれば次に繋げることができるのです。
翌日、博物館の学芸員さんと引き取りに行った時です。治療中もずっと不安げに鳴いていたお兄ちゃんのロンメルくんが最後のお別れにとメイちゃんと対面しました。彼はしばらくじっと立ち尽くしてゆっくりとメイちゃんの匂いを嗅ぎ、やがて静かに離れました。その光景は生涯忘れることはないでしょう。
博物館に運び解剖したところ、盲腸から結腸につながる場所が大きな腸管結石によって閉塞していたことがわかりました。彼女を苦しめた原因がわかり今後の予防にもつながりました。
実はメイちゃんはホースプランという馬車を通じて馬とふれあう施設の看板娘でした。背中のハートマークと人懐こく明るい性格がとても人気だったそうです。メイちゃんの突然の訃報にどれだけたくさんの方が悲しむのでしょうか…。
今回の出来事で多くのことを経験し学び知ることが出来ました。けれども、とても長くなるので書ききれないことばかりでした。
治療の際に多くのアドバイスをいただいた馬専門医の先生方、ご縁をいただいた装蹄師の先生、後世に残すべく引き取っていただいた博物館の学芸員のみなさんに感謝いたします。
そして最後にホースプランの増田さんへお悔やみと感謝とリスペクトを申し上げます。
ホースプラン